森ノ宮医療大学保健医療学研究科教授 冨田哲也先生
森ノ宮医療大学保健医療学研究科教授
冨田哲也先生
―まず先生のご専攻と現在までの再生医療への携わりについてご紹介頂いてもよろしいでしょうか?
私は整形外科医でございます。主には下肢の関節・つまり体重がかかる、膝関節中心に股関節・足関節まで元々手術をしていた医師です。2年前から大学病院をやめてクリニックの方で診療しているのでより早い段階といいますか、今まではエンドステージで手術ありきの方ばっかり見ていたわけですけど、もう少し早い段階の変形性関節症の患者さんを多数診るようになって、薬物治療から現在は手術治療までその患者さんの関節を自分で責任を持って最後まで治療するというようなスタンスで診察をしている整形外科医でございます。再生医療に関しては2018年からいわゆるPRPを開始して、約2年前から脂肪由来幹細胞の治療もやっているという状態になります。
―再生医療に携わることになったきっかけをお話しいただいてもよろしいでしょうか。
再生医療自体は、整形外科のフィールドでは、元々靱帯損傷とか肉離れとか、アキレス腱損傷とかそういった疾患にはずいぶん前から、PRPは効果があるということが分かっていて、使ってきたという歴史があります。2018年に法律ができてきちっと整備されたというところで参画しましたが、私が一番専門とする膝関節等は、やはり容量が大きいんですよね。小さな腱とかの場所に比べるとかなりボリュームは大きな関節なので、そこで果たしてPRPが効くのかというのは、最初は疑問で。というのも当時阪大病院の方では、PRP受けたけど結局駄目だったから手術を受けに来た、という方をたくさん私が手術をしてきたので、どちらかというと関節には効かないだろうというような印象でした。ところがPRPも技術進歩や臨床を重ねていくと、PRPで効果が出る人が実はいらっしゃるということに少しずつ気がつき始めたという状況です。すべての患者さんに効くわけじゃないです。ですので治療の詳細をしっかりと患者さんにお伝えするということが重要です。あとはやはり脂肪由来幹細胞治療関しては、基本的に荷重部位の軟骨は現状では再生しないです。ところが世の中では、軟骨があたかも再生するかの効果が望めるような説明を受けて治療を受けて軟骨の再生には至らなかったという患者さんも相当数手術していたので、そういった部分が少し私の中では否定的でした。しかし実際に自分で再生医療を施行すると、治療効果が出る人が結構おられて、逆に現在は治療の可能性を大きく感じています。
―冨田先生のご専門であられる整形外科領域における再生医療の現状だったりその将来性について、もう少し具体的にお話を伺うことはできますでしょうか。
特に私が専門とする膝関節症は年々増加するわけですね。あとは患者さんも決して重症な人だけが再生医療の適用になるわけじゃなくて、比較的変形の程度や変形性関節症のステージは早く、日常生活は問題なくても特定のスポーツや作業したいときに痛みが出る患者さんの適応が大きい印象です。各々の日常とか、その患者さんが行いたいと思うようなパフォーマンスができないという方に関しては、やはり再生医療はかなり有効であると思います。今後ますますニーズというのは増えてくると思います。また、手術はなるべく受けたくない、あるいは全身的な合併症の問題で手術が受けられない患者さんの選択肢としても選ばれることが多いです。
―富田先生の考える、整形外科領域における再生医療の問題点についてご説明いただいてもよろしいでしょうか。
整形外科分野が現状2種でも一番多いと思いますが、肝心の整形外科医が再生医療をまだまだ信用できないと言っています。こう言った現状の一番大きな原因は、非整形外科医が関節の治療をしているからです。
膝関節は手技的に比較的容易であると思いますが、股関節となると必ずエコー下で投与を行いますが私でもかなりの緊張しながら行います。某製薬会社の調査データによると、肩の肩峰下骨液包炎でも、整形外科専門医でも大体ちゃんと関節内注射ができている医師は7割以下、股関節に至るともう4割以下というデータが出ています。股関節とか、肩関節に非専門/非整形外科医が治療を行うとなると、いくら治療としては良くても本来届けるべきところに細胞が届かなければ、絶対効果は出ないです。阪大での診療時に患者さんに聞いてみると、やはり整形外科専門医じゃない医師が治療を行っているわけですね。関節内投与は清潔操作が非常に重要で、整形外科医であれば当然清潔操作に対するトレーニングを受けているので問題ないですが、清潔操作が理解できずやはり感染を起こして、その後の対応を行なっているのも整形外科で少なくないと聞きます。そういった非整形外科医に関節内投与を受け感染を起こされた事例は私自身も経験してますし、やはり現状起こってしまっています。点滴静脈内投与に関しては誰がやっても治療工程自体は同じなので、慢性疼痛等の治療については大丈夫だと思いますが、やはり非整形外科医が治療を行なったことによって有害事象が起こってしまっていることが一番大きな問題で、整形外科医に支持されない一番大きな原因じゃないかなと思います。またそれは、整形外科領域における再生医療を発展させる上で非常に大きな問題であると思います。
―その他に再生医療業界の問題点として、何かお答えいただけるようなことございますか。
業界の問題として、少なくとも私が経験している例では、再生医療専門の医療機関のH Pを見ると1人の先生がそれこそ整形外科疾患から内科的疾患からあたかもスーパードクターかのように全ての疾患を対象にされている医療機関があります。果たしてそういう現状でいいのかというのは思います。やはり、整形外科疾患は整形外科専門の先生、内科疾患は内科専門の先生が確りとした体制で治療を行うべきです。こういったことを徹底していくことで、より適正な治療がより多くの人に届けられる。その結果治療の恩恵を受けられる患者さんも増え、業界の発展につながるのではないかと思います。
―昨今の再生医療業界では、特定認定再生医療等委員会の審査の品質に関して委員会によって違うことが問題になっておりますが、特定認定再生医療等委員会で実際に審査員を務められている先生は本件についてどのようなお考えをお持ちでしょうか。
特定認定再生医療等委員会の審査の品質に関しては以前から委員会毎に違うことは問題であると考えておりました。例えば慢性疼痛の審査です。まずは患者さんが、侵害受容性疼痛か神経障害性疼痛で既存の治療薬には反応しない等、再生医療等を行う医師が判断できないといけないと思います。しかし麻酔科・外科系の医師であればある程度、侵害受容性疼痛又は神経障害性疼痛が分かると思うのですが、そうではない医師が果たしてしっかりとした慢性疼痛の診断ができるのか、という点については常に疑問に思っています。特定認定再生医療等委員会での審査にあたった際に、提出された提供計画書を読むと、慢性疼痛の診断基準等について詳しく書かれています。書いてあるのは良いのですが、再生医療等を行う医師が本当に当該患者さんの診断を的確にできるか。そこが最も重要なポイントです。また、当該事象を的確に審査をするのが特定認定再生医療等委員会の役目ですが、その審査のハードルについて委員会毎に違うのは同じく大きな問題だと思います。現状の特定認定再生医療等委員会の審査体制を統制するのは簡単なことではないのですが、再生医療業界が重く捉えるべき重要な問題の一つであるかと思います。
―私たち一般社団法人再生医療安全推進機構は、再生医療業界の様々な問題であったり課題を受けて、それらを解決しながらより安全な再生医療を提供しようということで活動しております。当機構が担うべき役割や特に求められること、こういった活動をして欲しい、というようなご希望がありましたらお聞かせ頂けますでしょうか。
基本的にPRPにしろ脂肪由来幹細胞にしろ、基本は自分の身体の一部なんで安全性は本来一番担保されている治療法じゃないかなと思います。 ただ例えば脂肪由来幹細胞であれば、最近はむやみに細胞数が多ければ多いほど良いみたいな、あたかもプロパガンダと言いますか、そのような風潮も一部あるように聞いてます。もし細胞を例えば3億個とかに増やそうとすると、それは患者さんの血液だけでは多分今の技術では実現できないとか、何かヒト由来ではない成分を使用して培養を行なっている企業もいるというふうに聞きます。あとは細胞の数だけではなくていかに元気な細胞、アクティブな細胞を戻してあげるか、いくら2億個入れても投与する段階でもう死んでいる細胞がいれば、何か副作用を引き起こす原因となりかねない。最近は患者さんも治療に関する情報を見聞するように少しずつなってきてますので、もう少し細胞加工技術の厳正な運用はあった方が患者さんにより安全に受けて頂けるものになるんじゃないかなと思います。あとは、再生医療をやってらっしゃる先生方のバックグラウンドの違いで、色々と意見が分かれると思います。
―最後に再生医療業界に向けてメッセージをお願いできますでしょうか。
再生医療は変形性関節症による疼痛でお困りの患者さんにとって有用な治療選択肢の一つであり、今後ますます発展する治療法だと信じています。