森ノ宮医療大学保健医療学研究科教授
冨田哲也先生
―まず先生のご専攻と現在までの再生医療への携わりについてご紹介頂いてもよろしいでしょうか?
私は整形外科医でございます。主には下肢の関節・つまり体重がかかる、膝関節中心に股関節・足関節まで元々手術をしていた医師です。2年前から大学病院をやめてクリニックの方で診療しているのでより早い段階といいますか、今まではエンドステージで手術ありきの方ばっかり見ていたわけですけど、もう少し早い段階の変形性関節症の患者さんを多数診るようになって、薬物治療から現在は手術治療までその患者さんの関節を自分で責任を持って最後まで治療するというようなスタンスで診察をしている整形外科医でございます。再生医療に関しては2018年からいわゆるPRPを開始して、約2年前から脂肪由来幹細胞の治療もやっているという状態になります。
―再生医療に携わることになったきっかけをお話しいただいてもよろしいでしょうか。
再生医療自体は、整形外科のフィールドでは、元々靱帯損傷とか肉離れとか、アキレス腱損傷とかそういった疾患にはずいぶん前から、PRPは効果があるということが分かっていて、使ってきたという歴史があります。2018年に法律ができてきちっと整備されたというところで参画しましたが、私が一番専門とする膝関節等は、やはり容量が大きいんですよね。小さな腱とかの場所に比べるとかなりボリュームは大きな関節なので、そこで果たしてPRPが効くのかというのは、最初は疑問で。というのも当時阪大病院の方では、PRP受けたけど結局駄目だったから手術を受けに来た、という方をたくさん私が手術をしてきたので、どちらかというと関節には効かないだろうというような印象でした。ところがPRPも技術進歩や臨床を重ねていくと、PRPで効果が出る人が実はいらっしゃるということに少しずつ気がつき始めたという状況です。すべての患者さんに効くわけじゃないです。ですので治療の詳細をしっかりと患者さんにお伝えするということが重要です。あとはやはり脂肪由来幹細胞治療関しては、基本的に荷重部位の軟骨は現状では再生しないです。ところが世の中では、軟骨があたかも再生するかの効果が望めるような説明を受けて治療を受けて軟骨の再生には至らなかったという患者さんも相当数手術していたので、そういった部分が少し私の中では否定的でした。しかし実際に自分で再生医療を施行すると、治療効果が出る人が結構おられて、逆に現在は治療の可能性を大きく感じています。
―冨田先生のご専門であられる整形外科領域における再生医療の現状だったりその将来性について、もう少し具体的にお話を伺うことはできますでしょうか。
特に私が専門とする膝関節症は年々増加するわけですね。あとは患者さんも決して重症な人だけが再生医療の適用になるわけじゃなくて、比較的変形の程度や変形性関節症のステージは早く、日常生活は問題なくても特定のスポーツや作業したいときに痛みが出る患者さんの適応が大きい印象です。各々の日常とか、その患者さんが行いたいと思うようなパフォーマンスができないという方に関しては、やはり再生医療はかなり有効であると思います。今後ますますニーズというのは増えてくると思います。また、手術はなるべく受けたくない、あるいは全身的な合併症の問題で手術が受けられない患者さんの選択肢としても選ばれることが多いです。
―富田先生の考える、整形外科領域における再生医療の問題点についてご説明いただいてもよろしいでしょうか。
整形外科分野が現状2種でも一番多いと思いますが、肝心の整形外科医が再生医療をまだまだ信用できないと言っています。こう言った現状の一番大きな原因は、非整形外科医が関節の治療をしているからです。
膝関節は手技的に比較的容易であると思いますが、股関節となると必ずエコー下で投与を行いますが私でもかなりの緊張しながら行います。某製薬会社の調査データによると、肩の肩峰下骨液包炎でも、整形外科専門医でも大体ちゃんと関節内注射ができている医師は7割以下、股関節に至るともう4割以下というデータが出ています。股関節とか、肩関節に非専門/非整形外科医が治療を行うとなると、いくら治療としては良くても本来届けるべきところに細胞が届かなければ、絶対効果は出ないです。阪大での診療時に患者さんに聞いてみると、やはり整形外科専門医じゃない医師が治療を行っているわけですね。関節内投与は清潔操作が非常に重要で、整形外科医であれば当然清潔操作に対するトレーニングを受けているので問題ないですが、清潔操作が理解できずやはり感染を起こして、その後の対応を行なっているのも整形外科で少なくないと聞きます。そういった非整形外科医に関節内投与を受け感染を起こされた事例は私自身も経験してますし、やはり現状起こってしまっています。点滴静脈内投与に関しては誰がやっても治療工程自体は同じなので、慢性疼痛等の治療については大丈夫だと思いますが、やはり非整形外科医が治療を行なったことによって有害事象が起こってしまっていることが一番大きな問題で、整形外科医に支持されない一番大きな原因じゃないかなと思います。またそれは、整形外科領域における再生医療を発展させる上で非常に大きな問題であると思います。
―その他に再生医療業界の問題点として、何かお答えいただけるようなことございますか。
業界の問題として、少なくとも私が経験している例では、再生医療専門の医療機関のH Pを見ると1人の先生がそれこそ整形外科疾患から内科的疾患からあたかもスーパードクターかのように全ての疾患を対象にされている医療機関があります。果たしてそういう現状でいいのかというのは思います。やはり、整形外科疾患は整形外科専門の先生、内科疾患は内科専門の先生が確りとした体制で治療を行うべきです。こういったことを徹底していくことで、より適正な治療がより多くの人に届けられる。その結果治療の恩恵を受けられる患者さんも増え、業界の発展につながるのではないかと思います。
―昨今の再生医療業界では、特定認定再生医療等委員会の審査の品質に関して委員会によって違うことが問題になっておりますが、特定認定再生医療等委員会で実際に審査員を務められている先生は本件についてどのようなお考えをお持ちでしょうか。
特定認定再生医療等委員会の審査の品質に関しては以前から委員会毎に違うことは問題であると考えておりました。例えば慢性疼痛の審査です。まずは患者さんが、侵害受容性疼痛か神経障害性疼痛で既存の治療薬には反応しない等、再生医療等を行う医師が判断できないといけないと思います。しかし麻酔科・外科系の医師であればある程度、侵害受容性疼痛又は神経障害性疼痛が分かると思うのですが、そうではない医師が果たしてしっかりとした慢性疼痛の診断ができるのか、という点については常に疑問に思っています。特定認定再生医療等委員会での審査にあたった際に、提出された提供計画書を読むと、慢性疼痛の診断基準等について詳しく書かれています。書いてあるのは良いのですが、再生医療等を行う医師が本当に当該患者さんの診断を的確にできるか。そこが最も重要なポイントです。また、当該事象を的確に審査をするのが特定認定再生医療等委員会の役目ですが、その審査のハードルについて委員会毎に違うのは同じく大きな問題だと思います。現状の特定認定再生医療等委員会の審査体制を統制するのは簡単なことではないのですが、再生医療業界が重く捉えるべき重要な問題の一つであるかと思います。
―私たち一般社団法人再生医療安全推進機構は、再生医療業界の様々な問題であったり課題を受けて、それらを解決しながらより安全な再生医療を提供しようということで活動しております。当機構が担うべき役割や特に求められること、こういった活動をして欲しい、というようなご希望がありましたらお聞かせ頂けますでしょうか。
基本的にPRPにしろ脂肪由来幹細胞にしろ、基本は自分の身体の一部なんで安全性は本来一番担保されている治療法じゃないかなと思います。 ただ例えば脂肪由来幹細胞であれば、最近はむやみに細胞数が多ければ多いほど良いみたいな、あたかもプロパガンダと言いますか、そのような風潮も一部あるように聞いてます。もし細胞を例えば3億個とかに増やそうとすると、それは患者さんの血液だけでは多分今の技術では実現できないとか、何かヒト由来ではない成分を使用して培養を行なっている企業もいるというふうに聞きます。あとは細胞の数だけではなくていかに元気な細胞、アクティブな細胞を戻してあげるか、いくら2億個入れても投与する段階でもう死んでいる細胞がいれば、何か副作用を引き起こす原因となりかねない。最近は患者さんも治療に関する情報を見聞するように少しずつなってきてますので、もう少し細胞加工技術の厳正な運用はあった方が患者さんにより安全に受けて頂けるものになるんじゃないかなと思います。あとは、再生医療をやってらっしゃる先生方のバックグラウンドの違いで、色々と意見が分かれると思います。
―最後に再生医療業界に向けてメッセージをお願いできますでしょうか。
再生医療は変形性関節症による疼痛でお困りの患者さんにとって有用な治療選択肢の一つであり、今後ますます発展する治療法だと信じています。
近畿大学医学部客員教授
山田秀和先生
―まずは先生のご専攻と現在までの再生医療への携わりについてご紹介いただけますでしょうか?
私は1981年に近畿大学医学部を卒業して、その後、近畿大学医学部附属病院で研修を受けて、その後大学院の途中から、国内留学、オーストリア政府給費生でオーストリア、米国と留学し、博士号を取りました。奈良病院で助教授や教授として活動していました。2007年にはアンチエイジングセンターを創設し、再生医療やアンチエイジングに取り組んできました。
―再生医療の初期段階から関わってこられたそうですが、その頃のことを教えていただけますか?
1999年に奈良病院で再生医療の研究施設を計画しました。当時は閉鎖系システムやP2レベルのコントロールを備えた培養室を設置するなど、先進的な取り組みをしていました。でも、資金不足で一部のプロジェクトは中断せざるを得なかったです。それでも、脂肪幹細胞を用いた心筋梗塞後のバイパスやがん治療後の修復に再生医療を活用する試みを続けていました。
―皮膚科領域での再生医療についてもお話いただけますでしょうか。
皮膚科ではアンチエイジングの分野で再生医療の可能性を探っています。1986年頃にはウイーン大学で企業と一緒に表皮細胞の培養をしていましたが、ビジネスとしては成功しませんでした。その後、幹細胞研究が進んで、真皮への幹細胞注入が表皮再生に効果があることがわかってきました。これが新しい治療法として期待されています。
―実際の臨床現場での課題についてはお考えを聞かせていただいても宜しいでしょうか?
実際の現場では、細胞の質や培養液の品質管理がとても重要だと思います。細胞のキャラクタリゼーション、特徴をしっかりと把握したり、血清フリーの培養液を使ったりして、品質を保証する基準が必要です。さらに、細胞の「エピジェネティッククロック」の測定も大事で、ダイレクトパーシャルreprogramming による幹細胞を若返らせる方法を研究しています。
―上清液やエクソソームについての考えも教えてください。
上清液やエクソソームについては、サイトカインの濃度や細胞表面マーカーの評価が大事です。これらが製品の品質を保証するための基準になるべきだと思います。また、細胞上清中の多様なファクターの評価も必要で、再生医療製品の品質管理において重要な役割を果たすと思います。特にmicroRNAやncRNAはエピゲノムとして、遺伝子発現に影響しているので、若返りメカニズムに重要でしょう。
― 一般社団法人再生医療安全推進機構は昨今のエクソソームや上清液等で問題が発生している再生医療業界において、まずは安全性を第一とした治療を行う活動を啓発していきたいと思っております。当機構が果たすべき役割や求められる姿について、先生のお考えがありましたら伺いたいと思っております。
一般社団法人再生医療安全推進機構に対して求めることとしては、細胞加工や製品の品質保証に関する基準をしっかり作って、記録を管理する体制を創るべく活動をしていただきたいです。細胞の品質管理やサイトカインの評価を徹底する体制を創ることが、再生医療製品の安全性と効果を確保することにつながり、結果的に将来の多くの患者さんを救うことになると思います。
―最後となりますが、再生医療業界にメッセージを頂けますでしょうか?
薬機法や再生医療法案を適切に守り、さらに倫理規定を満たすことが必要だと思います。これからも安全で効果的な再生医療を提供するために、皆さんと一緒に頑張りたいと思います。
弁護士法人至誠法律事務所
齋藤健一郎先生
―齋藤健一郎先生のご紹介
再生医療、医療法、医薬品医療機器等法などを専門としており、再生医療も主要な業務分野のひとつです。再生医療に関するクライアントがいらっしゃいます。
―齋藤先生の考える再生医療業界の問題点を教えていただいても宜しいでしょうか。
再生医療もピンきりすぎて、はい。もうなんていうのでしょうかねきちんとしたところからそうでないところまでの落差が激しすぎるのです。再生医療という言葉についても例えば医療機関が持っている、あるいはその再生医療に関わる企業群が持っているイメージと、消費者が持っているイメージがだいぶ離れている。
例えば幹細胞培養上清液は再生医療であるというふうに消費者は考えていますが、実際は法律が定義する再生医療等ではないわけですから、そういった認識の違いをうまく利用して幹細胞培養上清液は再生医療であるといって実質、水のようなものを高い価格帯で医師が利用していくという実態もあり、闇が深い業界だなと思っています。
―幹細胞培養上精液/エクソソームについてはどのようにお考えでしょうか。
安全性と有効性について、わけてお話しします。
先ず安全性についてです。これは幹細胞培養上精液/エクソソームに関わらず、再生医療もそうですし通常の医療もそうですし、安全性に関してきちんと担保ができているものでなくてはならない。小林製薬の件でもそうですけれども、やはり人体に投与する治療に用いる以上安全性は確保しておかなきゃいけないということになります。そして、幹細胞培養上精液/エクソソームは承認医薬品ではありませんからその安全性の確保等は利用する医師の責任であるところ、例えば出所がよくわからない、安く仕入れられるので、利益が得られるからといってよくわからない幹細胞培養上精液/エクソソームを利用しているところもあるやに聞いています。現に、安全性に問題がある幹細胞培養上精液/エクソソームを利用することで健康被害が生じているといったような情報にも接しているところです。
例えば近時政府が運用している「事故情報データベース」、消費者センターに寄せられた苦情をこのデータベースに反映させていると承知しておりますが、そのデータベースの中にも幹細胞培養上精液/エクソソームを用いた治療に対する苦情が掲載されるようになってきています。データベースの内容は、消費者の主張だけを前提としていますから、その正確性については確実なものではないとは思いますが、やはり、安全性に問題のあるようなものが使用されている可能性は否定できないなというふうに思っているところです。
次に、有効性に関してですが、有効性につきましては、エビデンスレベル、例えば、ケーススタディーから臨床研究、ヒト臨床、システマティックレビュー等様々なエビデンスレベルがあります。エビデンスレベルが低いから治療してはならないということにはなりませんが、やはりきちんとした治療について説明をしなければならない。消費者、患者が理解した上で治療を受けるかどうかを決めることができるような状況に持っていかなきゃいけない。有効性に関して、私が問題だと思っているのが、治療効果が確実であるという広告です。
これ非常に多いんですけれども、これは医療法の広告規制の中で虚偽広告とされています。治療効果というのは個人の状態ですとか、治療の内容等によってさまざまであり、確実に効果が得られるものじゃないんです。そうであるにも関わらずあたかも、確実に一定の効果が得られるように述べるのは虚偽に当たります。
虚偽広告については刑事罰がありますからそういった違法な広告、これは幹細胞培養上精液/エクソソームに限ったことではありませんけれども、そういう広告が広く行われているとすれば、これは憂慮すべき状況であると思います。有効性に関してはそういった不適切な、あるいは事実と異なる情報が流布している状況にあると承知しています。
以上のように、幹細胞培養上清液/エクソソームに限ったことではありませんが、これらについては、総じて安全性有効性に関して問題があるケースを多数目にしている状況です。
―患者が安全に再生医療を受けるための環境整備としてどのようなことが必要であると思われますか?
安全に受けられるということについて、極論を言ってしまえば承認薬しか使わないというところだろうと思いますけれども、承認されていない治療は、どんなによい治療であっても受けられないということにもなってしまいますから、これはちょっと現実的ではない。そこまでのレベル感で求めないとすれば、例えば安全性に関しては医師の責任においてその当時、その時点である情報を全て集めて検討してかつ適切な医薬品を自らの責任で選択し、必要な情報を患者にもれなく説明する、そういった責任を医師がきちんと果たすということだろうと思います。
―多くの医療機関のH P等で再生医療に関するページでは「厚生労働省から許可を受けた医療機関」であると書かれていることがございますが、再生医療等の提供に関する正しい表記に関して、お話しいただいても宜しいでしょうか。
まず一般的に承認や許可というのは、その承認や許可を求める相手がそういった承認許可を与える権限を持っているときに、許可権者、承認権者の判断として承認する、その許可権者の判断として許可するというときに使われる行政上、法律上の文言です。一方で届出というのは別にそういった判断を全く行政側は行わない場合に使われます。例えば機能性表示食品は届出になっているわけですけどもこれはその届け出の内容の適不適について消費者庁側は何らの判断を行わない、単に届け出をするにあたって形式的な要件が満たされているかどうかだけを見てそれでOKだったらこれを受理します、というだけの話です。それが届出であり、届け出の内容の適切性不適切性については、届け出を受けた側はお墨付きを与えるものではありません。
一方で許可はその許可の申請を受けたものについてその内容が適切かどうか、当局が精査して一定の判断を下します。その結果として許可を出します。いわゆる届出は、事業者側からの一方通行の行為であるのに対して、許可承認は申請を受けたものの、答えとして返ってくるものといったようなイメージで捉えていただければと思います。
そして再生医療等を患者に提供することについて、正しい表現は、基本的に届出になります。再生医療等委員会の審査を経て厚労省に届け出をして、その上で行っている。法律に従った手続きを経て行っている治療です、ということだけです。再生医療等の提供において、厚生労働省は治療を許可するわけでもなく承認するわけでもございません。そうであるにもかかわらず、あたかも当該医療機関が提供する治療について、厚生労働省が許可や承認、もっとわかりやすい言葉でいえばお墨付きを与えているような表現は、当局は最も嫌います。関係当局の名前を使われたりですとか、事実と異なる広告については行政指導等も盛んです。
―本日お話しいただいた再生医療業界の問題を受けて、当機構(一般社団法人再生医療安全推進機構)が果たすべき役割や求められる姿として先生のお考えをお聞かせいただいても宜しいでしょうか。
やっぱり正確な情報の発信でしょうね。安全性の情報もそうですし、有効性の情報もそうですし、正確な情報を発信していくことは多くの患者さんが適切な判断をする上で何より大事です。一方で、ここが駄目。あれが駄目。とあまりにも足を引っ張るようなことになってしまいますと、それは業界全体を萎縮させることになってしまう。私はバックグラウンドが分子生物学ですので分子レベルから機序が明らかになってこうなると決まっていかないと気持ち悪いんですね。例えば視床下部から出たホルモンについてどういう経路でどういうカスケードで実際に下流に変化が起こるのか。分子レベルからわからないと気持ち悪いんですけれども、医療というのはそういうものではなくて、何かわからないけど効くというものがあるわけです。例えば漢方なんかまさにそうでして、作用機序や各有効成分の相互作用ですとか、機序がブラックボックスだけどこれを入れたらこれが出てくるっていうのがあるわけです。よくわからないけど、やってみたらこういった結果が出た、広くやってみよう、そしたらこういう結果がでるじゃないか、そういった経験が積み重ねで、後追いでロジックがついてくる。ロジックがついた後じゃないと治療ができないってことになってしまうと患者が望む治療ができないことにもなりますし医療の進歩はなくなってしまいます。なのでそういった不確実性がある中で手探りで進めていかなければならない。それを果敢に進めていくことが医師の責務というか、なんていうのでしょうか、専門家としての力の見せ所なわけであって、安全性が、有効性が駄目ってあまりにも禁圧してしまうと何も進まなくなってしまうわけです。
なので、適切な手続き、いくら治療を進めていきたいからといって勝手に人体実験やることは許されてませんから、定められたスキームの中で、法律の中で最大限医師が伸び伸びというか、様々なこの治療を行っていけるような、そういった後押しも一方でしていただきたいんですよね。
安全性に問題だ!有効性にエビデンスがないんじゃないか?あるいは製品に問題がある。そういった問題点の指摘はさることながら、一方でちょっと希望が見えるような、医師全体の業務が、より一層適切にできるようなそういった投資をしていただければ一番いいなと思います。お金を儲けたいがためだけに医師に対し、不適切な商品を虚偽の広告で売りつける。そして、医師はそれを知らず、あるいはそれを知りながら患者に不適切な治療を行う。そういったことを禁圧はもちろんしていただきたいですけれどもそこを区別できるような良質な情報発信をしていただけたら、これは医師のみならず国民のためになるんだろうなというふうに思います。
―最後に再生医療業界に向けてメッセージをお願いできますでしょうか。
再生医療は我が国が世界をリードしなきゃいけないものですよ。これはとても大事なもので諸外国から見てもとても魅力的に見える。大上段に構え過ぎかもしれませんけれども我が国のためになるものですからもうぜひともどんどん進めていってほしいなと。素晴らしいものであるだけに大事にしながら、広く進めていっていただけたらいいんじゃないのかなというふうに思っております。
大阪大学大学院医学系研究科
遺伝子幹細胞再生医療治療学
寄附講座教授
島村宗尚先生
―まず初めに、先生のご専攻と現在の再生医療の携わりについてお話いただいてもよろしいでしょうか?
専攻は脳神経内科で、脳卒中の基礎研究を中心に行っています。再生医療に関しては細胞療法、特に遺伝子を導入した細胞を用いて脳梗塞を治療する新しい治療法の開発をテーマにした基礎研究を行っております。
―再生医療に携わられてからの期間はどの程度でしょうか?
細胞療法に関する研究は数年前からになります。私は、脳梗塞後の炎症を抑制し、脳梗塞後の麻痺などの神経障害を改善させる治療法の開発に取り組んでまいりましたが、そのようななかで、森下先生から間葉系幹細胞を用いた細胞療法の研究についてのご提案がありました。以前から間葉系幹細胞の多面的な作用のなかでも、特に抗炎症作用については興味を持っておりましたので、大変良い機会だと思いまして、本研究に携わるようになりました。特に、脳梗塞における抗炎症作用・血管新生作用・神経再生作用が強いHGF(幹細胞増殖因子)遺伝子を用いた遺伝子治療の研究には以前から携わっていましたので、このHGF遺伝子をうまく導入したADSC(脂肪由来幹細胞)を用いて、ADSCの本来の作用に加えてHGFを脳梗塞部位に十分に供給することによって、脳梗塞の予後を改善することができる新しい細胞療法の開発を目標に、研究を進めております。
―HGFとはどのような効果を持つのでしょうか?
HGFには、脳梗塞後の血管新生や、神経の突起を伸長させて神経回路を再構築するような作用があります。また、炎症を抑制する作用については、これは間葉系幹細胞でも同様の作用を持ちますが、脳梗塞だけではなく多発性硬化症のような自己免疫性疾患においても効果があることが報告されていますので、間葉系幹細胞とHGFを組み合わせることによって、強力な作用が期待できると考えています。
―間葉系幹細胞だけでは無く、HGFによって細胞をグレードアップするという事ですね。HGFを導入した治療の実用化の目途はどのような状況でしょうか?
そのように考えております。基礎研究を始めたばかりのため、まだ時間はかかると思います。ただ、手応えは感じていますので、森下先生と研究を継続し、可能であれば7、8年後には、と思っております。実は、静脈投与された間葉系幹細胞は脳梗塞部位にも到達しますが細胞数は多くはなく、脾臓に集積する細胞が多いことが報告されていますが、脾臓は脳梗塞後の全身性の炎症と脳の炎症を調整する重要な臓器であり、脳梗塞における間葉系幹細胞の治療においては、脾臓も重要な治療ターゲットとなります。ただ、やはり、脳に集積するADSCの数も増やしたいので、HGF遺伝子を導入した間葉系幹細胞を、効率よく脳と脾臓に到達させる治療法を開発できればと考えています。
―次に本業界の希望や将来性、問題点等をお話し頂けますでしょうか。
本研究の細胞については遺伝子を導入しますので、安全性は問題になると思います。ただ、ADSCの静脈内投与自体は数多くの臨床試験が行われており、安全性は問題ないということが報告されていますし、HGF遺伝子を導入する際には、ウイルスベクターは使わず、エレクトロポレーション(電気穿孔法)という安全な遺伝子導入方法を用いた試みを行っており、少しでも臨床応用に進めるようにしたいと考えております。
― 一般社団法人再生医療安全推進機構は昨今のエクソソームや上清液等で問題が発生している再生医療業界において、まずは安全性を第一とした治療を行う活動を啓発していきたいと思っております。当機構が果たすべき役割や求められる姿について、先生のお考えがありましたら伺いたいと思っております。
患者さまは高額な再生医療に大きな期待を抱いて受診されていると思います。そのため、正しい情報を発信して、患者さまご自信にしっかりと考えて頂いたうえで治療を選択していただけるような環境作りは、大変重要なことだと考えています。そのような観点からは、本機構は効果や安全性などの正しい情報をしっかりと発信することも目的にしている伺っておりますので、大変重要な組織ではないかと考えております。例えば、脳梗塞については、これまでの大規模臨床試験では、設定した評価項目を満たせるほどの治療効果は報告されていません。しかし、臨床試験を詳細に解析した最近の研究では、効果には個人差が大きく、効果がある人には十分な効果があることも報告されています。したがって、そのような最近の情報をしっかりと発信する事は大切だと思います。また、幹細胞治療のみに期待するのでは無く、リハビリを組み合わせることによって、より高い効果が出るといった報告も基礎研究でもありますので、そういった情報も発信して頂ければと感じています。
―治療を行う上で、その他重要なポイント等は御座いますでしょうか。
一般的な話ではございますが、高血圧や脂質異常、糖尿病といった、いわゆる再発を防ぐための二次予防のための治療や生活習慣の改善をしっかりと行っていくことは重要なことだと思いますし、リハビリを行っていくことが大事だと思います。
―実際、臨床に用いる細胞の品質に関しても大事なポイントでしょうか?
臨床に用いる細胞の品質管理については専門ではありませんが、安全性のためにも、当然、しっかりとした品質管理は非常に重要だと思います。細胞を作る段階で、有害なものが混入していないということは当然だと思います。
―最後となりますが、再生医療業界にメッセージを頂けますでしょうか?
私自身が本分野の研究に携わるようになりまして、再生医療に関わられている多くの方々が、真摯に再生医療に取り組んでいることを実感しています。再生医療は万能ではなく、問題点についてはしっかりと改善していこうと務められている姿勢は、大切なことだと思います。再生医療は大きな可能性を秘めた治療法と思いますので、正しい情報を発信しつつ、改善点などを見直しながら、この分野が伸びてくことを期待しています。
大阪大学医学系研究科
健康発達医学寄付講座教授
中神啓徳先生
―まず初めに、先生のご専攻と現在の再生医療の携わりについてお話いただいてもよろしいでしょうか?
大阪大学、医学系研究科健康発達学講座に所属しております。臨床的な専門は老年内科になります。基礎研究として、遺伝子治療学講座の立ち上げから携わってきたしたので、遺伝子治療や再生医療治療における法務的なルール策定等にも興味があり、同分野の初期段階から20年以上携わってまいりました。
―先生のご専攻である遺伝子治療の再生医療分野における現状と将来性についてお話いただいてもよろしいでしょうか?
遺伝治療は30年程の歴史であり、1990年に遺伝病に対して初めて遺伝子治療が行われました。近年ようやく上市された薬が販売開始され、ここ5年程度で米国市場を中心に非常に遺伝子治療が活発になってきました。やはり一つの新しい分野ができて、成熟して、治療薬が出来て、世の中に安定してその薬が届けられるまでは、ある程度の年月が必要となるという事を実感しております。再生医療は遺伝子治療に比べ実用化研究は約10‐20年程度遅れてのスタートになります。様々な困難が今起こっているとは思いますが、遺伝子治療のように薬として上市され安定して届くようになってきますと、様々な問題は抱えるものの、その治療薬のおかげで難治性疾患治療が治るという希望によって、研究のさらなる活性化という良いサイクルが生まれますので、再生医療にもそういった流れが出来上がることを期待していきたいと思います。
―現在、代表的な問題となっているのはどのような点でしょうか?
歴史的に考えると、遺伝子治療が立ち上がった際も最初は過剰な期待が掛かりました。今まで治療が困難だった病気が治るのでは、という事で動物実験を経てヒト臨床試験をしていきますが、やはり最初から思ったような効果は得られません。最初の10年や20年ぐらいは失敗の繰り返しです。但し、そこで止めてしまうと次に繋がりませんので、少しずつ改良を重ねながら、進めていくのが重要です。一方で、安全性の面でプロトコル違反などが起き、重篤な有害事象が起こるケースもありますので、やはり当事者の方々が確りとルールを守りながら携わるという事を遵守していく重要性も再認識されまました。再生医療においても遺伝子治療学薬開発の歴史を参考にして、より改良された進め方をすることで薬を届けられるといったステップに繋がっていくものと思います。再生医療等製品は現状、薬価が高いです。通常治療における低分子化合物と比べると、作成するのに時間や労力が掛かりますので、1人1人の薬価が高いですが、これを広げようと考えたときに、例えば国民健康保険の対象とするのかなどの問題が起こってくるのではないかと考えております。
―これから再生医療が発展していくためにはどういったことが必要になってくるとお考えでしょうか?
これは議論が分かれところかもしれないですが、先程申し上げたように、遺伝子治療は現在希少疾患が対象となるお薬が軸であることから、保険診療の中に収載された事で将来的な課題がいくつか発生しています。一方で、再生医療は自由診療枠でやってきた実績や、自由診療でも認定委員会を設けて倫理性を担保して行っているという素晴らしい制度を有していますので、そういった部分をうまく活用しながら、エビデンスを出しつつ世の中へ広げていくことを期待したいと思います。
― 一般社団法人再生医療安全推進機構は、再生医療業界の課題や問題を解決すべく、安全性を第一とした理念を持った活動を行っております。先生より当機構が担うべき役割や求められる姿はどういったものがあるかを教えていただけないでしょうか?
遺伝子治療における歴史の面から見ますと、どうしても研究者側は研究を早く進めたいと思って、プロセスを簡略化してリスクを背負っても進みたがる傾向があります。ただ、やっぱりそこは第三者が確りと安全性を担保しながら、必要なときはブレーキをかけてあげるべきだと思います。但し、必要以上にブレーキを掛けてしまうと物事が進まなくなるので、そういった部分を上手にハンドリングできるような役割を担って頂ければ、円滑に研究が進むのではないかと思っております。
―最後の質問になりますが、再生医療業界にメッセージをいただけますでしょうか?
現在でも治らない病気は数多くあります。ゲノム診断等で病理診断は急速に判明するようになってきましたが、それに対して我々アカデミアの治療法開発が少し遅れ気味だと思っております。そこをうまく民間企業の方々と一緒になって解決に取組んでいきたいと思います。
NPO法人自由が丘アカデミー代表理事
福岡大学 名誉教授
大慈弥裕之先生
―まず初めに、先生のご専攻と現在までの再生医療への携わりをご紹介頂けますでしょうか。
私は2020年まで福岡大学の形成外科主任教授をやっていました。専門は形成外科です。その中には美容外科が含まれています。また、形成外科は再生医療とも深い関わりがあり、再生医療の先駆けとも言えます。1980年代にすでに形成外科では、再生医療の人への応用を行っています。やけどの患者さんに対する自家培養表皮移植です。日本では、私が所属していた北里大学病院で1985年に使用し発表されたのを覚えています。福岡大学病院では、1990年代に全身熱傷の患者さんに使用しました。当時は、アメリカの企業で培養したものを移植しました。また、2009年には国内企業の自家培養表皮が初めて保険適用され、全国の医療機関で全身熱傷やあざの患者さんに使用できるようになりました。2013年には自家培養軟骨が保険適用になっています。
―先生のご専攻分野である美容の領域におけるその再生医療の現状の問題であったりその将来性についてお話頂いてもよろしいでしょうか?
美容医療は戦前から、美容整形という呼び名で行われていました。戦後、シリコンやパラフィンなどの異物を注入することによる豊胸術(乳房増大術)や顔の若返り治療が多くおこなわれるようになりました。
しかし、異物反応による感染症などの有害事象が多く発生しました。これらの材料は、安全性と有効性が公的に証明されていない未承認のものです。しかし、厚生労働省が承認していない医薬品や医療材料、医療機器でも、医師には裁量権があるため、我が国では個人輸入して使用することができることになっています。そのような背景の下、美容整形(現在の美容クリニック)ではさまざまな未承認品が輸入され患者さんに使用されてきました。材料は時代とともに変わりますが、いまだに同じ状況が続いているのです。
自費診療でおこなわれる美容クリニックでは、再生医療も多くおこなわれています。現在、美容医療における再生医療で問題が指摘されているのは、成長因子添加多血小板血漿治療(PRP治療)です。顔の若返り治療として多くの美容クリニックで使用されてきました。しかし、注入後しばらくしてしこりや変形が生じることが報告されていました。使用する成長因子は本来キズの表面に振りかけるものですが、体内への注入は想定されていないもので、製造元は注入目的で使用しないよう公表しています。
また、美容医療は自費診療ということもあって、治療費(料金)や医師の説明、合併症等トラブル時の対応に問題のあるクリニックもあります。広告やSNSで謳っている割安な料金とは大幅に異なる高額な費用を請求される、望んでいない施術まで強く勧められる、ローンを組まされる、未承認品などリスクを十分に説明しない、などの事例が消費者センターなどに多く寄せられています。
美容医療は世界的にも拡大していて、海外でも同様の問題が生じています。しかし、我が国の美容医療の根底には、日本特有の事情があると考えています。海外に目を向けると、美容医療は形成外科を中心に診療や研究、教育が行われています。これは、内科や外科など他の診療科と同じです。現在基本診療科と呼ばれる診療科の中で、医療を提供する医師の質を管理しています。日本でも、形成外科がほぼ全国の医学部や大学病院に設置され形成外科専門医が育成されます。美容外科専門医(JSAPS)はその後3年以上かけて取得することになっています。
日本の美容医療の特徴は、美容外科や美容皮膚科の基礎となる形成外科や皮膚科の専門医を持たない医師が非常に多く参入していることです。美容医療に関する医学会も多数ありそれぞれ医療としての方向性も異なり、またこれらの学会にも属さない医師も多くいて、業界(学会)として質管理ができないのが悩みでした。厚生労働省や消費者庁などの行政も、業界が一元化できないため業界と問題の共有化すらできない状況でした。
日本美容外科学会(JSAPS)は形成外科専門医が主体となった美容外科学会です。JSAPSは以前から、問題のある施術にたいして社会に注意喚起するなど、美容医療を健全化するための活動を行っていました。10年ほど前からようやく美容医療に関係する皮膚科系や非形成外科系の美容外科学会(JASA)とも連携がとれるようになりました。そこで、厚生労働省による行政研究事業で初めて美容医療が取り上げられ、美容医療に関する五学会が合同で改善に向けた研究事業が行われるようになりました。
美容医療に関する厚生労働科学研究事業(厚労科研)ですが、令和元年度のスタートから3年間、私は研究代表者を務めました。そこでは、美容医療による有害事象の実態調査や美容医療を受けた患者からの意見収集、安全な美容医療を提供するためのガイドライン作成を行いました。この研究事業は、獨協医科大学形成外科の朝戸裕貴教授が研究代表者を引き継ぎ、令和5年度まで続けられました。
研究事業の班会議での争点の一つが、ベーシックFGFという生物活性物質を入れた多血小板血漿(PRP)治療でした。美容医療有害事象調査や患者意見収集研究でも、かなりの割合で本治療法によるトラブルが報告されていて、研究班の皆さんは驚かされました。そこで、美容医療診療では、ベーシックFGF添加PRP療法に関するガイドラインを示す必要があるということになり、2度にわたり慎重に検討しました。その結果、科学的な根拠がまだはっきりしてない、安全性がまだ確認されてない、ということでガイドラインの中ではその治療を行わないことを推奨する内容にしました。
美容医療における再生医療の一番の問題というのは、今のところPRPのベーシックFGFというところになります。
―ガイドラインが医療学会とか、色々な学会から結構出るじゃないですか。例えば指針として未承認薬は推奨しないとか好ましくない、みたいな話が多いですよね。それって結構問題になってから出ていますよね。
その状態で、複数の医師がいっぱいやっているにも拘わらず、厚労省は何も提言とか出さないし大きな規制はかけないじゃないですか。これ美容医療や自費診療の先生たちってほとんど「ガイドライン」だから、最終的には医師の裁量権、医師の考え方や判断で治療してしまっているようなことになる訳ですよね。これ本当に行政がそもそもなぜ規制をかけないのかっていうことになる訳ですけど、そこで事故が起こって死人が出ても国が動かないような状況を先生はどう思われますか?
はい、そこが問題だと僕は思います。日本の自費診療は1世紀前と同じ医療体制のままだと思います。保険診療に対しては近年、承認化、経験主義からエビデンスベイスドメディシン、診療ガイドラインの充実、公的専門医制度などに加え、医療事故報告制度やインフォームド・コンセント義務化などの医療安全管理体制および医療倫理体制が整備され、厳しく管理監督されるようになりました。おかげで日本の保険診療は高度で安全性の高いものとなりました。価格だって公正価格で国内どこでも同じ料金です。
一方、自由診療においては、同じ医療でありながら規制がゆるく、科学的根拠に乏しくても医師の裁量が尊重される医療がいまだに続いています。私は大学病院で長年診療してきたので、そこに大きな違和感を憶えます。海外の形成外科医とこの問題を話す機会があります。韓国や中国を含め他の先進国は公的(保険)診療でも自費診療でも、医療費の差はあるものの医療体制にはどちらも差が無い(むしろ自費の方が厳しい)との答えで、日本の実情には皆さん驚きます。
この問題は、厚生労働省の担当官の方々も十分にご存じだと思います。私たちも厚労科研など機会があるたびに伝えてきました。最近は、NHKをはじめメディアでも美容医療の問題を度々取り上げるようになりました。いよいよ今年6月24日には、厚生労働省で美容医療に関する検討会が始まりました。何か動きが出てくるものと思います。会議の目標は消費者(患者)を守ることにあります。私としては、この検討会でどこまで保険診療と自費診療との差を縮めることができるか、注視しています。
―個人的には特に問題視しているんですが、再生医療学会がガイドラインを出した後、その日のうちに厚生労働省が再生医療を行っている医療機関に対して、「学会がガイドライン出したから、その内容に注意してくださいね」って出したんですね。これ医療機関からしたらすごい誤解を招くと思っていて。厚生労働省が出したものとして見ちゃうと思うんですね。厚生労働省がこのガイドライン出したら、これには縛りがかかってない、規制はかかってないけれども、できた、と検査する機関もないじゃないですか。だから厚生労働省が出したものと見たときに、学会が出したガイドラインをクリアしていたらいいのかっていう話になっちゃうんですね、ましてやそれが宣伝広告にもされるっていう恐れがあって、なぜこういうことを学会も厚生労働省もやってるんだっていうのを問題視して厚生労働省にも電話したのですけれど、そういう観点で考えていなかったっていう感じでした。
行政は業界と連携して質の管理をしています。医療の場合は、厚生労働省と関連医学会になります。日本の再生医療は日本再生医療学会が学術的にも診療的にも中心です。再生医療は法律でも管理されているので、再生医療学会が発出したガイドライン等は学会員だけでなく、他の医療機関や厚生局や保健所などの行政機関へも厚生労働省を介して周知する必要があったのだろうと思います。美容医療に関しても、学会合同の注意喚起や美容医療診療指針を厚生労働省が地域の行政機関等に告知する場合があります。
学会は組織として厚生労働省と意見を交換し、協力できるところは連携することが重要だと思っています。ただ、行政の縦割りはいまだに感じます。大きな視点で体制を変えるには行政だけでは限界があると思います。また、担当官も少なく業務に追われ、余裕が無かったこともあると思います。
―そうですよね。とても大変な組織ですよね。これだけの厚生局を抱えていて省には担当の人が少数しかいないですからね。よくやっているな…と(笑)
そうです。担当官はすごく真面目で正義感と義務感を持って仕事をしています。担当官は医師や看護師で、大学病院で実臨床を経験しているので、美容医療の問題も説明をすれば、よく理解してもらいます。私としても非常に助かりました。ただ彼らは立法府じゃないから法律を決めたりはできないし、組織横断的に動くことも難しいようです。だから行政は行政としてやってもらって、もうちょっと政治の方というか、立法府や法的な所に持っていかないと、保険診療と同等の質を担保できる自費診療体制を構築することは難しいと思います。要するに立法を立て付けるところがないのです。
―再生医療で言ったら、特定される第三者機関で集まってそこで共有しましょうとなりますよね。学会として、政治家や立法府への働きかけはしているのでしょうか?
おそらく他の医学会も同様だと思いますが、私が所属する日本形成外科学会や日本美容外科学会(JSAPS)の役員は大学教授が多くを占めるので、政治的な動きは嫌う傾向にあります。学会はあくまで学術活動の場であると考えるのが主な意見です。本来は大きな目で見て、その業界を発展させるにはロビー活動をやったり、市民に啓発活動をやったりというのが必要です。しかし、予算もありませんし、理事会で理解を得ることも困難です。以前、議員を集めて勉強会などをやるようなことにしてはどうかと理事会で提案したことがありましたが、賛同は得られませんでした。
―学会の会員とは言っても、問題となる人も入っているのでは無いですか?
どの学会でも問題となる会員は一定数いると思います。学会には懲戒規程があるので、除籍になる人もいます。きちんとした学会では倫理委員会などが主催する講習会があるので、会員はそこで医療安全や倫理教育を受けることができます。美容医療の場合、最も問題なのは、どの学会にも所属しない医師達です。
― 一般社団法人再生医療安全推進機構は昨今のエクソソームや上清液等で問題が発生している再生医療業界において、まずは安全性を第一とした治療を行う活動を啓発していきたいと思っております。当機構が果たすべき役割や求められる姿について、先生のお考えがありましたら伺いたいと思っております。
私は医療職ですけど、再生医療の場合、再生材料を提供する企業は非常に重要になります。再生材料も医薬品等と同じく、安全性と有効性の科学的根拠および品質管理が重要です。一般社団法人再生医療安全推進機構では、これらの情報を集積し医療機関や社会に情報提供していただきたいと思います。また、日本再生医療学会や厚生労働省が発する情報についても、解説を含めて市民に分かりやすく伝えてもらえればたいへんありがたいと思います。
―最後となりますが、再生医療業界にメッセージを頂けますでしょうか?
再生医療は社会的にも非常に注目されていて、今後、日本が世界的にもリードできる領域です。美容医療は、問題を看過してきたため、胡散臭い医療との認識を持つ人が増えてしまいました。再生医療は美容医療の轍を踏まないよう、とくに安全性に留意して患者さんへの応用を進めて行ってもらいたいと思います。再生医療を提供する医師と企業の質が問われるのだと思います。
石巻市立牡鹿病院病院長
阿部康二先生
-阿部先生のご専攻とこれまでの再生医療への携わりについてご紹介いただいてもよろしいでしょうか?
私は、岡山大学脳神経内科学の教授を23年間務めた後、国立精神・神経センターの病院長を3年間務めました。その間、脳保護療法や脳卒中の遺伝子治療、再生医療、アルツハイマー病、血管性認知症、脳のアンチエイジング、神経変性疾患など、幅広い分野で研究と実践を続けてきました。岡山大学では、幹細胞移植を実際の患者さんに適用して、その効果を検討して参りました。今は、神経内科の病気だけでなく、美容やアンチエイジングの分野でも幹細胞の可能性を探っています。
-再生医療の現状と将来性について、先生のご意見をお聞かせください。
再生医療で特に進展しているのは、脊髄損傷の治療ですね。交通事故などで脊髄を損傷した患者さんに対して、再生医療の効果が確認されつつあります。また、脳卒中やパーキンソン病、多系統萎縮症、慢性疼痛などの神経疾患への応用も期待されています。これらの疾患は高齢化社会で増加しており、再生医療の重要性がますます高まっています。
-再生医療を行う上で、最も重要な点は何でしょうか?
最も重要なのは安全性です。日本国内では、北海道大学や札幌医科大学、東北大学などで先端的な研究が進められていて、安全性を担保した状態で効果を確認することが求められています。効果を最大限に引き出すためには、細胞の品質やリハビリの併用が重要だと思います。
-再生医療業界の課題とその解決策について、先生のご意見をお聞かせください。
再生医療の課題としては、安全性の確保と細胞の管理の難しさがあります。自家細胞を使用することで、免疫抑制剤の必要性を減らし、管理の負担を軽減することが可能です。また、治療のタイミングや細胞の種類、数の最適化が重要です。将来的には、遺伝子導入による細胞の修飾も考えられますが、現時点では自家細胞を活性化して使用する方法が現実的です。
-私たち一般社団法人再生医療安全推進機構の役割や求められることについて、先生のお考えをお聞かせください。
一般社団法人再生医療安全推進機構の役割としては、患者さんに対して安全で効果的な再生医療を提供するための情報発信や相談窓口として機能することが重要です。貴機構が公共的なサービスを提供し、安全性と効果を重視した再生医療の普及を目指す姿勢に期待しています。
-最後に、再生医療業界に向けてメッセージをお願いします。
iPS細胞の臨床応用が期待される一方で、自家細胞を活用した再生医療が汎用性や安全性の点で現実的です。特に、自家の幹細胞を活性化して使用する方法が、今後さらに広がる可能性があると考えています。
大阪大学大学院医学系研究科
臨床遺伝子治療学寄付講座教授
再生医療細胞治療
特定認定再生医療等委員会議長
森下竜一先生
―森下竜一先生のご紹介
私は大阪大学で、遺伝子治療、特に血管再生の研究を続けてきました。日本で発見されたHGF肝細胞増殖因子と呼ばれる物質の血管新生作用を世界で初めて見つけ、世界で初めての血管再生遺伝子治療薬「コラテジェン」を開発いたしました。現在は更に、幹細胞の治療にも大変興味を持っており、再生医療の中でのH G Fの役割に関してさらに研究を今進めています。また、日本遺伝子細胞治療学会の理事長、再生医療抗加齢学会の理事長を務めており、遺伝子細胞治療の安全な普及と更なる研究に活動をしているところです。
―先生のご専攻分野における再生医療の現状と将来性について先生のお考えをお聞かせいただけますでしょうか。
血管再生の分野は、再生医療の中でも医薬品としての応用化が一番進んできてると言っていいかと思います。肝細胞増殖因子H G Fを使ったプラスミドの遺伝子治療医薬品、コラテジェンは日本では期限条件付きの承認制度の下、保険の使用ができるようになっています。また脂肪由来幹細胞を使ったような血管再生の治療も、先進医療として日本では使用できるようになっています。末梢の動脈硬化疾患、閉塞性動脈硬化症の治療薬としては、実用化が進んでいますが、脳梗塞後の後遺症治療への応用、あるいはアルツハイマー病への治療等、他の分野ではまだ十分な実用化という所には至っていません。今後は、そのような血管再生に応用できる他の領域にさらに実用化が進むことが期待できるというふうに思っております。
―そういった疾患への治療として、十分な実用化を実現するために再生医療はどのように発展していくべきか先生のお考えをお聞かせいただいても宜しいでしょうか。
私どもの教室では、島村宗尚教授(大阪大学大学院医学系研究科 遺伝子幹細胞再生医治療学)と協力して、デザイナーズセルの開発というのを行ってます。デザイナーズセルというのは、遺伝子導入を行なって治療効果をアップさせた細胞のことです。静脈投与して治療したい領域にホーミングと言いますが、うまく誘導していくことが可能になることが期待されます。そして、誘導された幹細胞から強力な血管再生作用と神経誘導作用を持つH G Fを出していって治療効果を上げることが可能です。今私どもは、既存の間葉系幹細胞治療で不十分だと考えているのは、治療場所へのホーミングという誘導能力の低さ、それからそこの場所で、より有効性のある成長因子を出す能力が低いという点です。この二つが足りないと考えておりまして、遺伝子導入や、より有効な細胞を選択することで克服できるんじゃないかと考えています。2030年40年未来に向けてデザイナーズセルというものが非常に有望だと考えており、研究開発を進めているところです。
―続いて、現状行われている再生医療の問題点について先生もお考えをお聞かせいただいても宜しいでしょうか。
再生医療自体は、非常に有望性のある治療で多くの研究が進んでおりますし、実用化に向けても、かなり進んできてると思います。一方で、日本では再生医療安全性確保法という法律のもとで再生医療は行われているんですが、その法律の外にあるエクソソーム、あるいは幹細胞培養上清液に関しては、再生医療安全性確保法の範疇ではないがために野放しになっている。法律の規制がかからないことを利用し、それをあたかも再生医療であるかのように謳い、エクソソーム/幹細胞培養上清液を用いて静脈投与を行ったことで患者様に有害事象を引き起こす可能性、あるいは何か怪しげな印象を与える。こういった治療が幅広く再生医療業界で行われているという状況は、将来的に再生医療の可能性を積む可能性があり、非常に危惧しています。法律の枠組みのもと、しっかり再生医療の自由診療を行っていただくことが重要です。また将来にむけて、医薬品、あるいは先進医療等を使った開発ということで、きちんとルールを踏んでいくということが大変重要だと思います。
―本日お話しいただいた再生医療業界の問題を受けて、当機構(一般社団法人再生医療安全推進機構)が果たすべき役割や求められる姿として先生のお考えをお聞かせいただいても宜しいでしょうか。
自由診療下の再生医療は、患者さん自身が、安全性、有効性を自分で判断しなきゃいけない。国が定めた医薬品の基準に達したものではないということで、正に自主的な判断とが必要になります。そこにおいては、治療を受けられる患者さんのリテラシー、情報に対する理解度を上げていくことが重要です。
ですので、有効性・安全性に関して正確な情報を発信できる第三者的な機関は、消費者のリテラシーをあげるという点で重要で、一般社団法人再生医療安全推進機構には非常に期待するものは、大きいです。ぜひ正しい情報を得られるようなセカンドオピニオンとしての機能を果たしていければありがたいと思います。
―最後に再生医療業界に向けてメッセージをお願いできますでしょうか。
再生医療自体は、非常に大きな期待を持てる新しい領域です。本日お話しした内容に関連するようなことやそれ以外のことも含めて一つのミスが、再生医療全体を壊してしまうことは十分起こります。ぜひ関連してる方々、先生方には法律をしっかりと遵守した上で、消費者の方の誤認がないように説明していただいて行うことが重要だと思います。また科学的な面では、関連学会と協力した上で進めていくということを今後ともやっていく必要があるかと思いますので、いわゆるステークホルダー、関係者の皆さんが同じ方向を向いて協力していくということは大変重要だと思います。再生医療安全推進機構が、業界の要となって機能していただければ大変ありがたいなというふうに思います。