NPO法人自由が丘アカデミー代表理事 大慈弥裕之先生

Image Not Found

NPO法人自由が丘アカデミー代表理事

福岡大学 名誉教授

大慈弥裕之先生

―まず初めに先生のご専攻と現在までの再生医療への携わりをご紹介頂けますでしょうか。

私は2020年まで福岡大学の形成外科主任教授をやっていました。専門は形成外科です。その中には美容外科が含まれています。また、形成外科は再生医療とも深い関わりがあり、再生医療の先駆けとも言えます。1980年代にすでに形成外科では、再生医療の人への応用を行っています。やけどの患者さんに対する自家培養表皮移植です。日本では、私が所属していた北里大学病院で1985年に使用し発表されたのを覚えています。福岡大学病院では、1990年代に全身熱傷の患者さんに使用しました。当時は、アメリカの企業で培養したものを移植しました。また、2009年には国内企業の自家培養表皮が初めて保険適用され、全国の医療機関で全身熱傷やあざの患者さんに使用できるようになりました。2013年には自家培養軟骨が保険適用になっています。

―先生のご専攻分野である美容の領域におけるその再生医療の現状の問題であったりその将来性についてお話いてもよろしいでしょうか?

美容医療は戦前から、美容整形という呼び名で行われていました。戦後、シリコンやパラフィンなどの異物を注入することによる豊胸術(乳房増大術)や顔の若返り治療が多くおこなわれるようになりました。

しかし、異物反応による感染症などの有害事象が多く発生しました。これらの材料は、安全性と有効性が公的に証明されていない未承認のものです。しかし、厚生労働省が承認していない医薬品や医療材料、医療機器でも、医師には裁量権があるため、我が国では個人輸入して使用することができることになっています。そのような背景の下、美容整形(現在の美容クリニック)ではさまざまな未承認品が輸入され患者さんに使用されてきました。材料は時代とともに変わりますが、いまだに同じ状況が続いているのです。

自費診療でおこなわれる美容クリニックでは、再生医療も多くおこなわれています。現在、美容医療における再生医療で問題が指摘されているのは、成長因子添加多血小板血漿治療(PRP治療)です。顔の若返り治療として多くの美容クリニックで使用されてきました。しかし、注入後しばらくしてしこりや変形が生じることが報告されていました。使用する成長因子は本来キズの表面に振りかけるものですが、体内への注入は想定されていないもので、製造元は注入目的で使用しないよう公表しています。

また、美容医療は自費診療ということもあって、治療費(料金)や医師の説明、合併症等トラブル時の対応に問題のあるクリニックもあります。広告やSNSで謳っている割安な料金とは大幅に異なる高額な費用を請求される、望んでいない施術まで強く勧められる、ローンを組まされる、未承認品などリスクを十分に説明しない、などの事例が消費者センターなどに多く寄せられています。

美容医療は世界的にも拡大していて、海外でも同様の問題が生じています。しかし、我が国の美容医療の根底には、日本特有の事情があると考えています。海外に目を向けると、美容医療は形成外科を中心に診療や研究、教育が行われています。これは、内科や外科など他の診療科と同じです。現在基本診療科と呼ばれる診療科の中で、医療を提供する医師の質を管理しています。日本でも、形成外科がほぼ全国の医学部や大学病院に設置され形成外科専門医が育成されます。美容外科専門医(JSAPS)はその後3年以上かけて取得することになっています。

日本の美容医療の特徴は、美容外科や美容皮膚科の基礎となる形成外科や皮膚科の専門医を持たない医師が非常に多く参入していることです。美容医療に関する医学会も多数ありそれぞれ医療としての方向性も異なり、またこれらの学会にも属さない医師も多くいて、業界(学会)として質管理ができないのが悩みでした。厚生労働省や消費者庁などの行政も、業界が一元化できないため業界と問題の共有化すらできない状況でした。

日本美容外科学会(JSAPS)は形成外科専門医が主体となった美容外科学会です。JSAPSは以前から、問題のある施術にたいして社会に注意喚起するなど、美容医療を健全化するための活動を行っていました。10年ほど前からようやく美容医療に関係する皮膚科系や非形成外科系の美容外科学会(JASA)とも連携がとれるようになりました。そこで、厚生労働省による行政研究事業で初めて美容医療が取り上げられ、美容医療に関する五学会が合同で改善に向けた研究事業が行われるようになりました。

美容医療に関する厚生労働科学研究事業(厚労科研)ですが、令和元年度のスタートから3年間、私は研究代表者を務めました。そこでは、美容医療による有害事象の実態調査や美容医療を受けた患者からの意見収集、安全な美容医療を提供するためのガイドライン作成を行いました。この研究事業は、獨協医科大学形成外科の朝戸裕貴教授が研究代表者を引き継ぎ、令和5年度まで続けられました。

研究事業の班会議での争点の一つが、ベーシックFGFという生物活性物質を入れた多血小板血漿(PRP)治療でした。美容医療有害事象調査や患者意見収集研究でも、かなりの割合で本治療法によるトラブルが報告されていて、研究班の皆さんは驚かされました。そこで、美容医療診療では、ベーシックFGF添加PRP療法に関するガイドラインを示す必要があるということになり、2度にわたり慎重に検討しました。その結果、科学的な根拠がまだはっきりしてない、安全性がまだ確認されてない、ということでガイドラインの中ではその治療を行わないことを推奨する内容にしました。

美容医療における再生医療の一番の問題というのは、今のところPRPのベーシックFGFというところになります。

Image Not Found

―ガイドラインが医療学会とか、色々な学会から結構出るじゃないですか。例えば指針として未承認薬推奨しないと好ましくない、みたいな話が多いですよね。それって結構問題になってから出ていますよね。

その状態で、複数の医師がいっぱいやってにも拘わらず、厚労省何も提言とか出さないし大きな規制はかけないじゃないですか。これ美容医療や自費診療の先生たちってほとんどガイドラインだから、最終的には医師の裁量権、医師の考え方や判断で治療してしまっていようなことになる訳ですよね。これ本当に行政がそもそもなぜ規制をかけないのかっていうことになる訳ですけどそこで事故が起こって死人が出ても国が動かないような状況を先生はどう思われますか?

はい、そこが問題だと僕は思います。日本の自費診療は1世紀前と同じ医療体制のままだと思います。保険診療に対しては近年、承認化、経験主義からエビデンスベイスドメディシン、診療ガイドラインの充実、公的専門医制度などに加え、医療事故報告制度やインフォームド・コンセント義務化などの医療安全管理体制および医療倫理体制が整備され、厳しく管理監督されるようになりました。おかげで日本の保険診療は高度で安全性の高いものとなりました。価格だって公正価格で国内どこでも同じ料金です。

一方、自由診療においては、同じ医療でありながら規制がゆるく、科学的根拠に乏しくても医師の裁量が尊重される医療がいまだに続いています。私は大学病院で長年診療してきたので、そこに大きな違和感を憶えます。海外の形成外科医とこの問題を話す機会があります。韓国や中国を含め他の先進国は公的(保険)診療でも自費診療でも、医療費の差はあるものの医療体制にはどちらも差が無い(むしろ自費の方が厳しい)との答えで、日本の実情には皆さん驚きます。

この問題は、厚生労働省の担当官の方々も十分にご存じだと思います。私たちも厚労科研など機会があるたびに伝えてきました。最近は、NHKをはじめメディアでも美容医療の問題を度々取り上げるようになりました。いよいよ今年6月24日には、厚生労働省で美容医療に関する検討会が始まりました。何か動きが出てくるものと思います。会議の目標は消費者(患者)を守ることにあります。私としては、この検討会でどこまで保険診療と自費診療との差を縮めることができるか、注視しています。

―個人的には特に問題視しているんですが、再生医療学会がガイドラインを出した後、その日のうちに厚生労働省が再生医療を行っている医療機関に対して、「学会がガイドライン出したから、その内容に注意してくださいね」って出したんですね。これ医療機関からしたらすごい誤解を招くと思っていて。厚生労働省が出したものとして見ちゃうと思うんですね。厚生労働省がこのガイドライン出したら、これには縛りがかかってない、規制はかかってないけれども、できた、と検査する機関もないじゃないですか。だから厚生労働省が出したものと見たときに、学会が出したガイドラインをクリアしていたらいいのかっていう話になっちゃうんですね、ましてやそれが宣伝広告にもされるっていう恐れがあって、なぜこういうことを学会も厚生労働省もやってるんだっていうのを問題視して厚生労働省にも電話したのですけれど、そういう観点で考えていなかったっていう感じでした。

行政は業界と連携して質の管理をしています。医療の場合は、厚生労働省と関連医学会になります。日本の再生医療は日本再生医療学会が学術的にも診療的にも中心です。再生医療は法律でも管理されているので、再生医療学会が発出したガイドライン等は学会員だけでなく、他の医療機関や厚生局や保健所などの行政機関へも厚生労働省を介して周知する必要があったのだろうと思います。美容医療に関しても、学会合同の注意喚起や美容医療診療指針を厚生労働省が地域の行政機関等に告知する場合があります。

学会は組織として厚生労働省と意見を交換し、協力できるところは連携することが重要だと思っています。ただ、行政の縦割りはいまだに感じます。大きな視点で体制を変えるには行政だけでは限界があると思います。また、担当官も少なく業務に追われ、余裕が無かったこともあると思います。

Image Not Found

―そうですよね。とても大変な組織ですよね。これだけの厚生局抱えていて省には担当が少数しかいないですからね。よくやっているな…と(笑)

そうです。担当官はすごく真面目で正義感と義務感を持って仕事をしています。担当官は医師や看護師で、大学病院で実臨床を経験しているので、美容医療の問題も説明をすれば、よく理解してもらいます。私としても非常に助かりました。ただ彼らは立法府じゃないから法律を決めたりはできないし、組織横断的に動くことも難しいようです。だから行政は行政としてやってもらって、もうちょっと政治の方というか、立法府や法的な所に持っていかないと、保険診療と同等の質を担保できる自費診療体制を構築することは難しいと思います。要するに立法を立て付けるところがないのです。

―再生医療で言ったら、特定される第三者機関集まってそこで共有しましょうとなりますよね。学会として、政治家や立法府への働きかけはしているのでしょうか?

おそらく他の医学会も同様だと思いますが、私が所属する日本形成外科学会や日本美容外科学会(JSAPS)の役員は大学教授が多くを占めるので、政治的な動きは嫌う傾向にあります。学会はあくまで学術活動の場であると考えるのが主な意見です。本来は大きな目で見て、その業界を発展させるにはロビー活動をやったり、市民に啓発活動をやったりというのが必要です。しかし、予算もありませんし、理事会で理解を得ることも困難です。以前、議員を集めて勉強会などをやるようなことにしてはどうかと理事会で提案したことがありましたが、賛同は得られませんでした。

Image Not Found

―学会の会員とは言っても、問題となる人も入っているのでは無いですか?

どの学会でも問題となる会員は一定数いると思います。学会には懲戒規程があるので、除籍になる人もいます。きちんとした学会では倫理委員会などが主催する講習会があるので、会員はそこで医療安全や倫理教育を受けることができます。美容医療の場合、最も問題なのは、どの学会にも所属しない医師達です。

一般社団法人再生医療安全推進機構は昨今のエクソソームや上清液等で問題が発生している再生医療業界において、まずは安全性を第一とした治療を行う活動を啓発していきたいと思っております。当機構が果たすべき役割や求められる姿について、先生のお考えがありましたら伺いたいと思っております。

私は医療職ですけど、再生医療の場合、再生材料を提供する企業は非常に重要になります。再生材料も医薬品等と同じく、安全性と有効性の科学的根拠および品質管理が重要です。一般社団法人再生医療安全推進機構では、これらの情報を集積し医療機関や社会に情報提供していただきたいと思います。また、日本再生医療学会や厚生労働省が発する情報についても、解説を含めて市民に分かりやすく伝えてもらえればたいへんありがたいと思います。

―最後となりますが、再生医療業界にメッセージを頂けますでしょうか?

再生医療は社会的にも非常に注目されていて、今後、日本が世界的にもリードできる領域です。美容医療は、問題を看過してきたため、胡散臭い医療との認識を持つ人が増えてしまいました。再生医療は美容医療の轍を踏まないよう、とくに安全性に留意して患者さんへの応用を進めて行ってもらいたいと思います。再生医療を提供する医師と企業の質が問われるのだと思います。