NMN点滴で敗血性ショック

香港・中環(セントラル)にある美容施設「Bioscor Hong Kong」で、NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)を含む静脈注射を受けた57歳の女性2人が敗血性ショックを起こし、緊急入院した。警察は無許可医療行為の疑いで関係者3人を逮捕し、当局が施設の調査を進めている。

 

NMN点滴で敗血性ショック 香港Bioscor事件に見る美容医療のリスクと規制の限界

 

香港政府衛生署は、2025年9月18日夜、記者会見でこの事案を公表した。被害に遭った2人の女性は、中環皇后大道中にある「Bioscor Hong Kong」でNMNの静脈注射を受けた直後に寒気を覚え、発熱と嘔吐を発症。救急搬送され、1人はマリーホスピタル、もう1人はカノッサ病院で「敗血性ショック」と診断された。いずれも現在は容体が安定しているが、入院中とのこと。

背景:「美容点滴」名目での医療行為

問題の施設は「保加生髮中心(香港)有限公司(Bioscor International (Hong Kong) Limited)」が運営しており、1994年に設立。美容・育毛・スキンケア・美体・静脈注射などをサービスとして掲げていた。同社の公式サイトでは、NMNをはじめとする様々な「点滴療法」を「抗疲労」「若返り」などの効果とともに紹介していた。

しかし、香港衛生署は、こうした行為は医師または歯科医による施術が必須とされる高リスク医療処置に該当する可能性があると警鐘を鳴らしている。

無許可施術で3人逮捕 医師の関与(診察や立ち合い)なし

事件を受けて、警察と衛生署が施設を家宅捜索し、無許可で医療行為を行った疑いにより、3人を逮捕。調査によると、施術当日は医師の立ち会いや診察が一切なかったという。

施設を訪れた女性2人は、初回のNMN点滴を受けた直後に体調不良を訴えており、衛生署は「過去にこの施設で注射療法を受けた方で、発熱・寒気・めまい・嘔吐といった症状がある場合は、直ちに公立病院の救急外来を受診するよう」呼びかけている。

香港の法規制:美容と医療の境界線が課題に

香港では2013年、政府主導の「私営医療機関規制見直し委員会」が、美容と医療行為の区別に関する報告を公表。報告では、以下のようなリスクの高い処置は、登録医師または歯科医のみが実施すべきと定めている。

  • 注射を伴う処置
  • 機械的または化学的に皮膚の表皮層下に作用する施術
  • 高圧酸素療法
  • 歯の漂白など

 

これを受け、政府は美容業界に対して注意喚起を行い、違反者は「医師登録条例」や「歯科医登録条例」により起訴の対象となる可能性があるとしている。

過去にも「点滴美容」に潜むリスクが指摘されていた

香港のメディア《香港01》は、2017年に「点滴美容」の覆面取材を実施。記事では、医師の診察を経ずに、登録のない外国人看護師が点滴注射を行おうとしていた実態が明らかにされている。

この時は、「抗疲労」「アンチエイジング」と銘打った高リスクの点滴治療が、水準を満たさない衛生管理の下で行われており、高濃度ステロイドの使用も確認されたという。

記者は最終的に治療を受けることはなかったが、「医師が一切不在」という現場状況に強い懸念を示していた。

日本でも起きた「美容点滴」関連の重大事故

こうした事例は、日本でも無関係ではない。2022年には国内でエクソソーム点滴療法による死亡事故が報道され、厚生労働省が緊急調査に乗り出した。

エクソソーム点滴で死亡例 美容目的の治療に潜むリスク(美容医療の扉)

日本では「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」により、細胞やエクソソームなどを用いた治療は厳格な届出と委員会審査が義務付けられている。しかし、美容目的でその枠外にある「自由診療」として施術されるケースも少なくない。

今回の香港での事件も、医師の不在・無許可施術・高リスク薬剤の使用といった点で、日本でのエクソソーム問題と構造が類似しており、国境を越えて「美容と医療のグレーゾーン」の危険性が再認識される結果となった。

まとめ・医療と美容の線引き、今こそ問われる

今回の事件は、「美しさ」や「若さ」を求める気持ちが、時に深刻な健康リスクを招きうるという現実を、改めて私たちに突きつけました。

静脈注射や再生医療的な技術は本来、厳しい医学的知見と安全性管理のもとに行われるべきものです。それを安易に「美容メニュー」として流通させることは、患者本人だけでなく、業界全体の信頼にも大きな傷を残します。

日本においても、自由診療という名のもとで安全性の低い施術が行われていないか、監視の目を強める必要があります。

 

一般社団法人 再生医療安全推進機構
再生医療相談室

出典)兩婦中環Bioscor靜脈輸注NMN後現敗血性休克 三人涉無牌行醫被捕

 

✅ Q&A|NMN点滴に関するリスクと事件概要

Q1. NMNとは何ですか?美容目的で点滴するのは安全なのでしょうか?

A.
NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)は、体内でNAD⁺という補酵素に変換され、エネルギー代謝や老化関連機能に関与するとされる物質です。動物実験や一部の初期臨床研究ではアンチエイジング効果が示唆されていますが、現在のところ人間に対する有効性や安全性は確立されていません 特に、点滴による投与は医療行為であり、無菌管理・リスク説明・緊急対応体制が必須です。

Q2. 今回の香港の事件では、何が問題だったのですか?

A.
「Bioscor Hong Kong」という美容施設で、医師の診察なしにNMN点滴が行われた結果、2名の女性が敗血性ショックを起こしました。香港の法律では注射行為は医師または歯科医の資格を持つ者しか実施できないとされており、無資格者による医療行為(点滴)が行われていた疑いで、3名が逮捕されました。

Q3. 敗血性ショックとはどのような状態ですか?

A.
敗血性ショックは、細菌などの感染によって全身に炎症が広がり、血圧が著しく低下し、臓器不全に陥る重篤な状態です。適切な抗菌薬と集中治療を必要とし、放置すれば命に関わります。今回の事例では、点滴を通じて体内に何らかの病原体が侵入した可能性が疑われています。

Q4. このような点滴療法は日本でも行われているのでしょうか?

A.
はい、日本でも「NMN点滴」「エクソソーム点滴」「白玉点滴」など、美容目的で点滴療法を行うクリニックは増えています。多くが自由診療として実施されており、規制が緩い現状があります。過去には、エクソソーム点滴に関連した死亡事例が国内でも発生しています。

Q5. 患者として、どのような点に注意すべきですか?

A.

  • 成分の安全性(国内承認済みか、由来・製造元)
  • 細胞・エクソソーム等を使う場合は「再生医療等提供計画」の届け出があるか
  • 緊急時の医療対応が整っているか(提携病院やAEDなど)

上記を確認し、「美容点滴=気軽」ではなく、「医療行為である」ことを理解し、確認するようにしましょう。

Q6. 医療機関側として、この件をどう受け止めるべきでしょうか?

A.

  • 静脈注射や再生医療を商業目的な処置になりすぎることの危険性
  • 自施設でもリスク説明文・同意書・緊急対応体制の再確認
  • 他院の事故でも、患者からの不安・質問に丁寧に対応し、自院の安全性への取り組みを説明できる体制整備が重要です。

 

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