大阪大学大学院医学系研究科遺伝子幹細胞再生医療治療学 寄付講座教授 島村宗尚先生
大阪大学大学院医学系研究科
遺伝子幹細胞再生医療治療学
寄附講座教授
島村宗尚先生
―まず初めに、先生のご専攻と現在の再生医療の携わりについてお話いただいてもよろしいでしょうか?
専攻は脳神経内科で、脳卒中の基礎研究を中心に行っています。再生医療に関しては細胞療法、特に遺伝子を導入した細胞を用いて脳梗塞を治療する新しい治療法の開発をテーマにした基礎研究を行っております。
―再生医療に携わられてからの期間はどの程度でしょうか?
細胞療法に関する研究は数年前からになります。私は、脳梗塞後の炎症を抑制し、脳梗塞後の麻痺などの神経障害を改善させる治療法の開発に取り組んでまいりましたが、そのようななかで、森下先生から間葉系幹細胞を用いた細胞療法の研究についてのご提案がありました。以前から間葉系幹細胞の多面的な作用のなかでも、特に抗炎症作用については興味を持っておりましたので、大変良い機会だと思いまして、本研究に携わるようになりました。特に、脳梗塞における抗炎症作用・血管新生作用・神経再生作用が強いHGF(幹細胞増殖因子)遺伝子を用いた遺伝子治療の研究には以前から携わっていましたので、このHGF遺伝子をうまく導入したADSC(脂肪由来幹細胞)を用いて、ADSCの本来の作用に加えてHGFを脳梗塞部位に十分に供給することによって、脳梗塞の予後を改善することができる新しい細胞療法の開発を目標に、研究を進めております。
―HGFとはどのような効果を持つのでしょうか?
HGFには、脳梗塞後の血管新生や、神経の突起を伸長させて神経回路を再構築するような作用があります。また、炎症を抑制する作用については、これは間葉系幹細胞でも同様の作用を持ちますが、脳梗塞だけではなく多発性硬化症のような自己免疫性疾患においても効果があることが報告されていますので、間葉系幹細胞とHGFを組み合わせることによって、強力な作用が期待できると考えています。
―間葉系幹細胞だけでは無く、HGFによって細胞をグレードアップするという事ですね。HGFを導入した治療の実用化の目途はどのような状況でしょうか?
そのように考えております。基礎研究を始めたばかりのため、まだ時間はかかると思います。ただ、手応えは感じていますので、森下先生と研究を継続し、可能であれば7、8年後には、と思っております。実は、静脈投与された間葉系幹細胞は脳梗塞部位にも到達しますが細胞数は多くはなく、脾臓に集積する細胞が多いことが報告されていますが、脾臓は脳梗塞後の全身性の炎症と脳の炎症を調整する重要な臓器であり、脳梗塞における間葉系幹細胞の治療においては、脾臓も重要な治療ターゲットとなります。ただ、やはり、脳に集積するADSCの数も増やしたいので、HGF遺伝子を導入した間葉系幹細胞を、効率よく脳と脾臓に到達させる治療法を開発できればと考えています。
―次に本業界の希望や将来性、問題点等をお話し頂けますでしょうか。
本研究の細胞については遺伝子を導入しますので、安全性は問題になると思います。ただ、ADSCの静脈内投与自体は数多くの臨床試験が行われており、安全性は問題ないということが報告されていますし、HGF遺伝子を導入する際には、ウイルスベクターは使わず、エレクトロポレーション(電気穿孔法)という安全な遺伝子導入方法を用いた試みを行っており、少しでも臨床応用に進めるようにしたいと考えております。
― 一般社団法人再生医療安全推進機構は昨今のエクソソームや上清液等で問題が発生している再生医療業界において、まずは安全性を第一とした治療を行う活動を啓発していきたいと思っております。当機構が果たすべき役割や求められる姿について、先生のお考えがありましたら伺いたいと思っております。
患者さまは高額な再生医療に大きな期待を抱いて受診されていると思います。そのため、正しい情報を発信して、患者さまご自信にしっかりと考えて頂いたうえで治療を選択していただけるような環境作りは、大変重要なことだと考えています。そのような観点からは、本機構は効果や安全性などの正しい情報をしっかりと発信することも目的にしている伺っておりますので、大変重要な組織ではないかと考えております。例えば、脳梗塞については、これまでの大規模臨床試験では、設定した評価項目を満たせるほどの治療効果は報告されていません。しかし、臨床試験を詳細に解析した最近の研究では、効果には個人差が大きく、効果がある人には十分な効果があることも報告されています。したがって、そのような最近の情報をしっかりと発信する事は大切だと思います。また、幹細胞治療のみに期待するのでは無く、リハビリを組み合わせることによって、より高い効果が出るといった報告も基礎研究でもありますので、そういった情報も発信して頂ければと感じています。
―治療を行う上で、その他重要なポイント等は御座いますでしょうか。
一般的な話ではございますが、高血圧や脂質異常、糖尿病といった、いわゆる再発を防ぐための二次予防のための治療や生活習慣の改善をしっかりと行っていくことは重要なことだと思いますし、リハビリを行っていくことが大事だと思います。
―実際、臨床に用いる細胞の品質に関しても大事なポイントでしょうか?
臨床に用いる細胞の品質管理については専門ではありませんが、安全性のためにも、当然、しっかりとした品質管理は非常に重要だと思います。細胞を作る段階で、有害なものが混入していないということは当然だと思います。
―最後となりますが、再生医療業界にメッセージを頂けますでしょうか?
私自身が本分野の研究に携わるようになりまして、再生医療に関わられている多くの方々が、真摯に再生医療に取り組んでいることを実感しています。再生医療は万能ではなく、問題点についてはしっかりと改善していこうと務められている姿勢は、大切なことだと思います。再生医療は大きな可能性を秘めた治療法と思いますので、正しい情報を発信しつつ、改善点などを見直しながら、この分野が伸びてくことを期待しています。